にいみデジタル博物館

新見荘資料

祐清塚 ゆうせいづか

荘大分類

史跡

所在地

上市

解説

年貢を取り立てに行った人が当地で殺害され、その殺害された人かもしくは殺害した人を祀った祠があり、その右側にしめ縄を巻いた2本の古木がある。これを「剣のみさき」といい、その下にその時に使われた刀が埋まっていると地元に伝わっており、その言い伝えから研究者が祐清塚と名付けた。昭和51年(1976)、中国縦貫道建築工事の際に、岡山県教育委員会が発掘調査を行ったが、関係遺構・遺物は検出されなかった。昭和56年(1981)7月6日、当時皇太子であった今生天皇徳仁が卒業論文執筆のためにお成りになった。
なお、この周辺を祐清が殺害された「祐清遭難の地」と考えられてきたが、近年再検討がなされてきている。

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