にいみデジタル博物館

新見荘資料

宮田山城跡 みやたやまじょうあと

荘大分類

史跡

所在地

西方

解説

標高約310mの山塊端頂部に立地し、北側約200m先には高梁川が東西に流れ、また北側の眼前には新見荘の中心地である西方地区が位置している。規模は南北約120m、東西約100mあり、頂部に主郭を配している単郭式山城である。特徴遺構として、主郭の南側に7本、北側に6本の畝状竪堀が挙げられる。永正12年(1515)にその名が見えるが、その縄張りの様相から戦国時代後半の特徴が指摘されており、天正7年−同13年(1579−1585)まで続いた毛利氏と宇喜多氏・羽柴氏との間に起こった軍事的緊張下において改修されたのではないかと想定されている。

再検索検索結果に戻る場合は、ブラウザの戻るボタンを使用してください【ALT+← または ⌘+←】